お金

泉佐野市のふるさと納税キャンペーン批判について考えてみた

ども、ゆとらです。

2008年から国が進めてきた「ふるさと納税」。

やってます?

僕はやってます。

高い税金をちょっとでも抑えたいのが本音だし、返礼品が受け取れるのだからやらない手はない。

実際そう思う人が多いらしく、制度ができてから10年でかなり認知され利用者も増え続けている。

だが、とうとう来たる2019年6月に「規制」が初めて入ることになる。

「高額返礼品」が制度の主旨に合わないとのことらしい。

特に泉佐野市(大阪)の「アマゾンギフト券100億円還元キャンペーン」(現在は「300億円限定キャンペーン」を実施中(笑)」で、他の地方自治体からも批判が集まったことは記憶に新しい。

どうしてダメなのか?そんなに批判されることなのか?

自らもふるさと納税をしているゆとらが、考察してみたいと思う。

「いま」ふるさと納税をしようと思っているあなたにも有益な情報となると思うぞ。

そもそも「ふるさと納税」とは?

「ふるさと納税」って、そもそもどういう理由で導入されたのだろう?

第一次安倍政権で導入されたわけだが、導入理由は、建前はおいておいて本音としては主に次のふたつ。

地方格差の縮小
税収に悩む自治体の活性化

である。

 

需要や賃金含む労働環境の関係で、どうしても人は都市部に集中しがちだ。

人口減少もあいまって過疎地域が出てくるのは今後避けられない現実だ。

すでに夕張市のように破綻した地域も出てきているし、今後も自治体の合併などで無くなってしまう市町村が出てくることは容易に想像できる。

興味のある方は書籍も参考にしてほしい。

つまり「ふるさと納税」は、自治体の人口が少なく税収が少なくても、自治体が努力や工夫をして魅力ある取り組みをすることで、その地域に住んでいない人からも「寄付」してもらって、さまざまな自治体にお金を流そう、という制度なのである。

「ふるさと納税」は、「納税」という言葉が使われているが、実は「納税=税金を納める」制度ではなく、その実態は「寄付」なのだ。

自分のふるさとや応援したいふるさとに「寄付」することで、寄付した人には「お礼品(返礼品)」が送られたり、節税になるというメリットがある、という制度だ。

泉佐野市の還元キャンペーンは批判されるべき?

そういったワケで、各自治体に「魅力的な取り組みを行って寄付を集めてね」という制度なのだから、寄付金を集めるべく自治体は当然頑張る。

頑張った成果が、「魅力ある返礼品」(高額返礼品)だったり「アマゾンギフト券還元」なのである。

総務省いわく「地域の名産品」など、ゆかりのある品をお礼としてお渡しするのは良し。

(そしてその返礼割合はおおむね2~3割まで)

関係ないものまで返礼品としてしまっては、カタログギフト化してしまい「本来の主旨」にそぐわない、と。

確かに泉佐野市は、地場産業ではないと思われるものを含め、非常に幅広い選択肢を提供している。

ビールだけでも「アサヒ」「キリン」「サッポロ」「サントリー」という大手だけじゃなく「よなよなエール」とか「インドの青鬼」といったものまで選べる。

そういったカタログギフトのような返礼品に加え、なんと「アマゾンギフト券」を、寄付額の20~30%あげちゃう、という暴挙(?)に出たことで、制度に規制をかけるほどの批判、怒りを買ってしまったというわけだ。

「主旨にそぐわない」批判。

他の自治体からの嫉妬に似た「やりすぎ」批判。

「お金を集めるためには何をしてもいいのか」批判。

などだ。

だが、このアマゾンギフト券還元の仕組みは、もともと「さとふる」や「楽天ふるさと納税」「ふるさとチョイス」など、いわゆる「ふるさと納税ポータルサイト」に払っていた紹介手数料を、自分たちが直接サイトを立ち上げることで無くし、その分を寄付してくれた方に還元しようっていう泉佐野市の工夫・努力の賜物なのだ。

それが批判されているのだ。あなたはどう思われるだろうか?

ふるさと納税批判は的を射ているのか?

これってどうして批判されなきゃいけないのか?

僕の意見としては「的を射ていない」である。

 

だって、「魅力的な取り組みや工夫をしてね」と制度を作ったのは国である。

魅力的な取り組みとは必ずしも「地産品」ではなかったはずだ。

それは民間企業でいうと、工夫やアイデアによる企業努力ということになる。

いまや様々な業種がグローバル化しているなか、工夫やアイデアが出せない企業は淘汰される運命にある。

もちろん地方自治体は民間企業とは違うので、そもそも淘汰されてはいけない存在ということは理解できる。

だが、わけが違うことも認めつつ、考え方としては間違っていると断定もできないだろう。

自治体が寄付を集めたければ一生懸命頭に汗をかくしかない、のだ。

つーか、制度ができた当初、ラクに寄付が集まるとでも思っていたのだろうか?

お金はラクして儲けることはできない。(いや、できる場合もあるが、ある程度の工夫や努力は必要である、ということだ。)

建前上、自分が生まれ育った都道府県や市町村に寄付したい、という人が自由に寄付できるように、というのも制度の主旨としてあるのだが、それだったら「自分が今まで生まれ育った地域」とか「ゆかりのある地域」に寄付を限定しないとおかしいだろう。

それが、どんどん魅力ある取り組みが出てくると「主旨と違う」なんて、じゃあ最初からある程度規制するなどして仕組みをしっかり作っておいてよ、と。

的を射ていないというのは、こういった理由からだ。

「単なる節税」という批判について

それと「単なる節税」のために制度が使われているって国が気づいた。だから規制したい。

・・・ってかそういう制度でしょ?最初から。

 

そういう特典があるからこそ、制度が発展してきたのだ。

その特典が無けりゃ誰も最初から「ふるさと納税」なんてしない。

寄付したい人には、もともと「寄付金控除」ってのがあるんだから。

 

結局、工夫できた自治体とできていない自治体で格差が出てきて、違う「地域格差」が出てきたってだけのハナシなのだ。

そうなればお金が集まらない自治体はもっと頑張ればいいのだ。

でないと制度が発展しないでしょ!?

 

さらに言うと、工夫って、お金をかけるだけではないはずだ。

「魅力ある体験」を提供し、自治体に足を運んでもらい、そこで更に観光してお金を落としてもらう。

そのような工夫ができない自治体には当然寄付は集まらない。

当然と言えば当然なのである。なんとか頑張ってほしいのだが。。。

これからのふるさと納税お礼品は魅力が無くなる?

ということで、結局規制が入るので、返礼品はどの自治体も「どっこいどっこい」になる。

・・・と思いきや、魅力ある地産品がある、ない、で自治体に格差が出てきて、少なからずまた新たな「ふるさと納税格差」ができるだけだと僕は予想する。

もしくは制度自体に魅力が無くなり、お金が回らなくなる。(これは節税の側面から無さそうだが。。。)

そうなれば元も子もない。

こういった事態になることを想定していなかった総務省は大いに反省してほしい次第だ。

 

残念ながら、2019年6月から総務省に認められた自治体以外への寄付には「ふるさと納税」が認められなくなる可能性が高い。

賛否はあるが、僕のような意見の持ち主は、規制前の5月中に「さのちょく」で泉佐野市のふるさと納税を済ませておくのが吉かもしれない。

それ以外の自治体でも、6月から自主的に返礼品のグレードがダウンする可能性がある。

2019年度のふるさと納税を考えている方は、その点もしっかり考えたうえで寄付するようにしてほしい。

これからも「ふるさと納税」制度がしっかり続いていくことを願う。